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名古屋高等裁判所 昭和48年(行コ)12号 判決 1975年10月01日

控訴人

森孝行

被控訴人

愛知県警委員会

右代表

渡辺捨雄

右争訟事務受任者

鈴木礼治

右訴訟代理人

水口敞

外一〇名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

(申立)

控訴人は控訴の趣旨として「原判決を取消す。被控訴人が控訴人に対し、昭和四三年四月一日付をもつて一官市立西成小学校から同市富士小学校へ転任させた処分を取消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。<後略>

理由

一被控訴人が地方教育行政の組織および運営に関する法律二三条二号、三四条、三七条、三八条に基づき、控訴人のような県費負担教職員の転任人事に関する権限を有するものであり、控訴人が昭和四一年四月一日付で被控訴人により愛知県公立学校教員に採用され、同日付で「浅井北小」教論に任命されたが、同年度末愛知県教職員人事異動において、被控訴人により「西成小」へ転任を命じられ(編注以下これを一次処分という。)、さらに同四二年度末人事異動において「富士小」へ転任を命じられた(以下「本件処分」という。)ので、控訴人は同四三年五月一五日愛知県人事委員会に対し、「本件処分」の取消を求めたところ、右人事委員会は同四六年一〇月四日付で「愛若県教育委員会が昭和四三年四月一日付で不服申立人に対し行なつた転任処分はこれを承認する。」旨の判定をなしたことはいずれも当事者間に争いのないところである。

二<証拠>によると、控訴人は「浅井北小」在任中の服装言動が粗野である等の理由により一次処分を受けたが、控訴人は右処分は正当な処分事由を欠くものであり、新任一年で転任を命じられるのは極めて異例なことだと考えて、右一次処分により精神的衝撃を受けたことが認められ、他にこれに反する証拠もない。

三本件処分に至る経緯

<証拠>を総合すると本件処分に至る経緯として次の(一)(二)の諸事実を認めることができる。

(一)(1)(イ) 控訴人は自己の担任する「西成小」五年二組のクラスで担任児童である菊和恵に対し、昭和四二年四月二〇日と五月一八日頃との二回にわたり、宿題を忘れたなどの理由により殴るなどの暴行を加えたので、菊和恵は同年四月二一日には恐怖心から登校を拒んだ。又、右の控訴人の行為につき、同年四月二一日、五月一八日の二回にわたり、和恵の父菊正から、「西成小」に対し厳重な抗議の申入れがあつたので、同校長鬼頭保司は五日一八日付で控訴人より以後絶対に児童をたゝかぬ旨の誓約書を差入れさせ、一宮市教育委員会教育長は同年六月一日付で、控訴人が児童に体罰を加えたことを戒める旨の文書戒告の措置をとつた。

(ロ) 前記控訴人担当クラスの一学期の級長であつた諸方義弘は、同学期中いずれも学級指導の責任を問われて、控訴人に胸倉をとられてゆさぶられ服のボタンがちぎれたこともある外、たびたび頬を平手で打つたり、又教授用の大きなコンパスで机をたゝかれて算数の教科書を破られたこともあつた。そのため義弘は同年五月一九日朝「又、叱られるから学校へ行きたくない。」と云つて登校を拒否したので同年六月一二日に同人母緒方ミツエらより「西成小」に対し抗議の申入れがあつた。

(ハ) 同年七月三日第二時間日に控訴人は担任の児童野田秀樹が宿題を忘れたという理由で同人の机を蹴り、同人の頬を平手で一回殴つた。

(ニ) 控訴人は担当児童の長谷川秀雄に対し、同年七月一〇日授業中にあくびをしたという理由で同人の胸倉をとつてゆすぶり、新しいセーターの襟を破り、シヤツまで裂き、同年七月一六日には給食を残したという理由で殴つた。

(ホ) 同年一二月一日に西成小で行なわれた校内ゴールハイ大会で控訴人担当クラスが敗れたことにつき、同日同組の女子級長増田順子の頭をたゝいたので、翌日同女は登校するのをしぶつた。

(ヘ) このように控訴人の担当クラスの児童が暴行を受けたことにつき、当該被害児童の父兄その他から「西成小」又は一宮市教育委員会に対し直接口頭又は電話で抗議又は被害の申告がたびたびあつた。

(2)(イ) 昭和四三年一月二〇日、「西成小」の事務職員真野淑子が、控訴人担当クラスの用紙代金が未納であると誤信して用紙の払出しを拒否したのに憤慨した控訴人は、「女のくせに生意気だ」とどなりながら同女の胸倉をとらえてはげしくゆさぶり、同女を泣かせてしまつた。

(ロ) 又、同年二月五日、控訴人が社会科教育資料とするため児童を使者として真野淑子から当日付新聞用紙を借出させた際、同女が「すんだら必らず返して下さい。」と注意したのに憤慨して、同日控訴人より直接同女に返還する際、「文句いうな。」といゝながら新聞紙を丸めたもので同女の後頭部をたゝいて同女を泣出させた。

(3) 控訴人が同年一一月一〇日開催のPTA懇談会のため事前に父兄に配布した案内メモの中に、クラス全員の実名を記入した交友図式(正確にはソシオグラムにソシオ・マトリツクスを組合せたもの)が含まれていたため、野村某外数名の父兄から「西成小」に対し抗議がよせられた。

(4) なお右PTA懇談会に先立つて父兄に対しなされたアンケート結果によると、今度のPTAで聞きたい事との問に対し「担任の教育方針」と答えた父兄が三九名中一四名あり、「担任のすべき反省」との問に対し、三五名中八名宛がそれぞれ「学習指導について」「言葉使い」とこたえ、三名宛がそれぞれ「みだしなみ」「体罰」とこたえていた。

(5) 昭和四三年三月一一日に行なわれた学級会の公開授業においても、控訴人の悪い点として1、暴力をふるう。2怒るとすぐ手に持つている物を投げつけたり、花びんの水をあけたりする。又、児童の机を足で蹴り倒すので用具がめちやめちやになつて困つた。3すぐ怒つてお説教が多く、授業がよくつぶれた等の点が指摘された。

(6) 西成小の下校時刻は午後四時三〇分であるのに、控訴人は反省会などの理由で、右下校時刻後に児童を下校させたことが度々あつたので、昭和四二年五月一八日、一〇月二五日の二回にわたり父兄より「西成小」に対し抗議がなされた。

(7) 控訴人の担当クラスは、全学又は五年生全員が共同歩調をとるべき、運動会の合同練習、クラブ活動、奉仕活動の時間に出なかつたり、給食時間中から運動場に出るとか、土曜日の集団下校時刻を守らぬなど独自の行動が多く、同僚や他のクラスの児童に迷惑をかけることがあつつた。

(二)  このように控訴人が年間を通じて児童および職員に対し暴力をふるつたこと、学校の方針に協力的でなかつたこと、同僚との協調に欠ける点のあつたことにかんがみて、鬼頭校長は「西成小」における控訴人の対人関係が不良であるため同人を転任させるのが適当と判断し、昭和四三年二月一〇日、同年三月四日の各校長面接の際、その旨の意見具申を一官市教育委員会に対しなし、同委員会も同年三月二七日に被控訴人に対し同趣旨の内申をなした結果、「本件処分」がなされるにいたつた。

なお「富士小」は「西成小」に比しより市街化した地域を学区として居り、校舎も鉄筋三階建で教員数も多いいわゆる大規模校であつて、控訴人の希望は別として、一般には勤務条件がより悪いとはいゝ難いし、当時の控訴人の住所地から自転車で二五分以内の距離にあり通勤不便ともいゝ難いものである。

以上のとおり認められる。<証拠判断省略>

四(1) 次に上記認定事実に対し、控訴人は種々反駁するので考えるに、控訴人はまずその自認する範囲のいわゆる「叩き」行為につき、児童に著しく苦痛を与えるような叩き方はしていない旨反駁するが、上記認定の各「叩き」行為の動機、態様、結果にてらすと、いずれも少なくとも児童の精神に悪影響を及ぼす如き性質のものといわざるを得ない。

(2) 控訴人は懲戒の是非は、長期間にわたる教師と児童との間の継続的な人間的ふれあいの一断面として判断されなければならぬと主張するが、上記認定にてらすと、控訴人の各児童に対する衝動的な加害行為はいずれも学校教育法一一条が厳禁している体罰に該当するものであり、正当な懲戒方法として是認する訳には行かぬし、又、教育的見地からみても好い結果をもたらすものとは到底解し難いものである。

(3) 又、控訴人は児童に手をかけたのは、一次処分による精神的衝撃のさめやらぬ一学期中に限られており、その後は控訴人の自戒自省によりかゝる行為はなくなり、教育効果もあがつてきたことを考慮すべきであると主張する。

控訴人がそれなりに自己革新に努めており、「西成小」において特にグループ活動、自治活助、作文教育に力を入れ、その面で、ある程度の業績を挙げたことは、<証拠>によつてもこれを窺い得るところであるが、控訴人の右の努力ないしは業績により、上記認定にかゝる事実に表現されたような、控訴人の教師としての短所が是正されたか否かはまた別問題といわなければならない。

現に問題となつた暴力行為の面に限つて考えた場合でも、前記認定にてらすと控訴人は懲戒(加害)の方法につき多少自粛自戒したあととはみられないではないが、依然として体罰の部類に属する行為が少なくとも二学期まで続いており、三学期には職員間での暴力沙汰を生じていることは前記のとおりであるから、二学期以降は控訴人の衝動的傾向がおさまつて「西成小」における対人関係が好転したとは言い難いものである。

(4) 控訴人は真野淑子とは後に和解した旨主張するが、<証拠判断省略>他に右和解の事実を認め得るような証拠はない。

(5) 交友図式により学級集団の構造を知ることが、児童を指導する立場にある教師父母あるいは児童自身にとつても有益な面のあることは多言を要しないところである。しかしながら、クラス全員の実名入りの交友図式を全父兄に交付することは、いわばクラス員各人の人気の有無を公表することになるから、各人の自我感情を極度に刺戟する点において教育上望ましからぬ結果を伴うことは必然といわなければならない。控訴人は自己の学級の実態と教育実践上の信念とにもとづき、十分な配慮の上でなした旨主張するが、首肯し得るような具体的な説明はなされておらず、むしろ、父兄は必ずしも教育の専門家ではない点、控訴人の担当児童は未だ小学五年で、自己を客観視しそれに耐え得るだけに社会的に成熟しているとは到底思われない点を考え合せると、本件交友図式が父兄に交付された衝撃による弊害の方が、交友関係を知ることによる利益を上廻るものとみるのが相当であり、控訴人の右行動はなお軽卒のそしりを免れぬものと考える。

(6) <証拠>によると、昭和四二年当時「西成小」で必ずしも下校時刻が厳守されていなかつたことが認められぬでもないが、交通事故ないし学校事故に対する警戒危虞の念も高まつてきた折柄、父兄よりの抗議を招くような控訴人の下校のさせ方はなお非常識のそしりを免れぬものというべきである。

控訴人は子供の教育に役立つことなら、一人ででも実践するのが教師としての真の協調性というべきである旨主張している。教育の核心が、個々の教師と被教育者とのふれあいの中に有することはいう迄もないが、他面、現在の学校教育が、多数の教師と多数の被教育者の集団(学級)とを包括する組織体である学校社会の中で、しかも父兄ないしは地域社会等の教育的環境にとりまかれながら行なわれる以上、教師間、学級間で互いに協調する必要の生じてくるのは当然のことであり、教育の自由を楯として個々の教師又は学級単位の教育効果の追及のみに走ることの許されないのはいうまでもないことである。前記三の(6)(7)記載の諸行為は、右の意味で協調性を欠いたものといわねばならず、控訴人が右の点につき非難を受けたのもまた当然のことというべきである。

(7) 又、控訴人が前記三月一一日のPTA学級懇談会において父兄より来年度も担任となることを希望された旨の主張事実については、<証拠判断省略>他に右主張を支持するに足る証拠がない。

(8) 控訴人は本件処分後その不当性を訴える署名を集めたところ、担任児童三二名中二七名の児童の父兄が、右署名に応じた旨主張し、<証拠>によれば右事実は認められぬではない。しかしながら、右各証拠によると、右各署名はいずれも控訴人本人が自分で用意した署名用紙を持つて、児童の家を歴訪して集めたことが認められるものであり、このような場合かつての教え子の父兄としては、面と向つて署名をことわりにくい事情考えもられるので、右署名等の全部が当時控訴人に信頼をよせていたと即断することはできない。

控訴人は、その後、鬼頭保司が父兄の間から逆署名をとつて廻ろうとしたがとれなかつた旨主張するが、その真偽の程は別として、既にある趣旨の署名をした者が、その後になつて反対趣旨の署名をなし難いのは当然のことであり、逆署名がとれなかつたのは、最初の署名の意思が固かつたことの証拠とは必らずしもならぬものである。

そうだとすると、控訴人が学年末には父兄の信頼を得ていた旨の主張事実は、ついに認め難いところといわざるを得ない。

<証拠>の各署名者が控訴人主張の人数にとどまつていることは認められるが、他の同僚教員がこれに署名していない理由は、たとえば本文記載事実を認識していないためとか、あるいは同僚である控訴人を攻撃する立場に立ちたくないためとか種々あり得る訳であり、これに署名しなかつた同僚は控訴人を信頼しているとの控訴人の推論は成立たない。

五上述したところを総合するに、控訴人の、児童又は同僚に対する暴力行為、職務をとるにあたつて学校の方針に違反し同僚との協調を破る数々の独自の行為により、「西成小」の父兄同僚の間に控訴人に対する不信感違和感が発生して、控訴人の円滑な職務の遂行を妨げており、学年末に至つても右事態はなお解消していなかつたといゝ得る。そこでかゝる事態に対処するため、被控訴人が控訴人を「西成小」から転出させ、新たな職場環境の下で、人間関係の再形成をはかる目的のもとに本件転任処分に及んだのは首肯し得るところであり、右処分は一年毎の転任により控訴人及びその職場の蒙る不利益を考慮しても、なおやむを得ぬところといわなければならない。しかも上記のとおり転勤先の「富士小」は平均的な教員にとつて条件の悪い職場とはいゝ難いものであるし、控訴人の通勤にも格別支障をきたすものとはなし難いから、本件転任処分は控訴人にとり著しく不利益な処分ということはできない。

控訴人は教員の勤務条件のよしあしは、個々の教員の教育観との対応において定まるものであり、大規模校は控訴人の好まぬところである旨主張する。しかしながら教員の人事行政上考慮すべき勤務条件のよしあしは、平均的教員像を前提として考える外なく、個々の教員毎に異なる教育観との対応における勤務条件は、いわば本人の希望としてその限度で考慮斡酌し得るに過ぎぬものである。それゆえ、たとえ「富士小」のような大規模校が控訴人の希望に反する職場であつたとしても、同校を勤務条件のわるい職場ということはできない。

そうだとすると、本件転任処分は正当な理由にもとづくものであり、右に反する控訴人の主張は失当といわなければならない。

六(一) 次に本件処分は控訴人の組合活動や民主的活動を忌避してなされた不当処分であるとの主張につき考えるに、<証拠>によると同人のなした組合活動民主的活動として原判決書二三枚目裏六行目ないし二四枚目裏三行目記載の諸事実が認められ、<証拠判断省略>

(二) しかしながら、右認定事実によると控訴人が積極的な組合活動を行つていたことは認められるとしても、その地位は、分会の青年部委員というにとどまり、組織の中で大きな権限を有していた訳ではないし、又、前に認定したような職場における非協調的な態度にてらしてみて、同僚間にそれ程大きな影響力を有したとも考え難い。

そうだとすると、控訴人が本件処分を当時に教育委員会側からおそれられる程の有力な組合活動家又は民主活動家であつたとは考えられないので、控訴人の組合活動又は民主活動が本件処分の動機理由であると解するのは根拠薄弱のそしりを免れない。控訴人は当時の一宮市教員組合としては画期的な活動をしたので、見せしめ的な制裁処分を受けるに至つた旨主張するが、前に認定した控訴人の活動が控訴人のいうような高い評価を受け得るとは思われぬし、特に控訴人が強調する組合大会の席上での活動は、昭和四三年三月二三日のことであり、控訴人の中央執行委員立候補が同月八日のことで、いずれも第二回目の校長面接(同年三月四日)で控訴人に対する異動の方針が実質上決定した後のことであることは<証拠>により明らかであるから、右諸活動が本件処分の理由となつたとはにわかに考え難いものである。

控訴人は第一回の校長面接の際には未決定であつた控訴人の転任問題が、その後何ら控訴人がトラブルを起していないのに、第二回の校長面接で決定されたのは、その間の控訴人の組合活動が原因になつたとしか考えられぬと主張する。しかしながら、人事計画は第一回校長面接、第二回校長面接の各段階を経て順次具体化されてゆくものと解されるから、第一回校長面接の段階ではなお未決定で留保された案がその間格別の事情の変更がなくても第二回校長面接の段階では種々考慮の結果決定に至るということは十分あり得ることといわなければならない。それゆえ本件の場合も二回の校長面接の間に何らかの事情変更があつたとする控訴人の推論は成り立たないし、ましてその新事情を控訴人の組合活動であるとする控訴人の主張は単なる憶側の域を出ないものという外はない。

(三) 控訴人は、昭和四三年二、三月頃鬼頭校長が控訴人の実家を訪問して控訴人に組合活動をやめさせるよう説得すべく依頼した旨主張するが、<証拠判断省略>却つて、<証拠>によると、右訪問の目的は控訴人の勤務態度を改めさせるにつき家族の協力を求める点のみにあり、組合活動とは関係のなかつたことが認められる。そうだとすると鬼頭校長の訪問の事実も不当処分の傍証とするには足らぬものである。

(四) 控訴人は見せしめ的な本件処分を受けたため、転任先の「富士小」では口を利く者もなく、青年部委員にも選出されず、組織活動を妨げられたと主張するが、控訴人がそのような状態に陥つたのが事実であつたとしても、その原因が本件転任処分によるものであることは、措信し難い<証拠>を措いては認め難い。

その他本件処分が控訴人の組合活動等を理由とする不当処分であることを推認させるに足る事実も見当らないから、控訴人の右主張は結局採用し難いものである。

七控訴人は本件処分が被控訴人に与えられた人事権の裁量範囲をこえているから無効である旨主張するが、右主張の理由のないことは左に附加する外は原判決書二五枚目裏七行目ないし同二七枚目裏四行目に記載のとおりであるから、右記載をここに引用する。

原判決書二七枚目表九行目「されたと断ずることはできない。」の次に左記を附加挿入する。(<証拠>によつても、被控訴人が「富士小」の校務分掌に干渉したとか、前記目的で本件処分がなされたと認めることはできない。この年「富士小」の定員が増員された事実のみから、前記目的で本件処分がなされたと推論することはできぬし、又、「富士小」校長が控訴人を学級担任とせず図書館専任係りとする旨を告げた際、控訴人の短所を指摘しなかつたとしても、右は同校長の独自の配慮によるものであることが<証拠>により窺われるから、右をとらえて教育委員会の圧力による処置であることを示唆したものということはできない。)

八控訴人は本件転任処分は異動方針の原則に反し、かつ、控訴人の同意がなかつたものであるが、かかる場合は被控訴人から控訴人に対し処分の理由を告知され、控訴人の意見を求められるべきであるのに右手続がとられなかつたのは違法である旨主張する。しかしながら、<証拠>によると、控訴人は本件転任の内示の際には不服を唱えたものの、発令直前の三月三〇日には電話で鬼頭校長に対し応諾の意思を示し、「富士小」に赴任したことが認められるから、終局的には本人の同意があつたものとみられるし、本件転任処分は降格等を伴なうものではなく、異動距離その他その内容からみても著しい不利益処分とは解し難いものである。それゆえたとえ発令前に真の処分理由が本人に告知されず、同人の意見が求められなかつたとしても、これがために本件転任処分が違法性を帯びるものとはなし難いものである。

九上記のように本件処分に瑕疵ありとする控訴人の主張はすべて理由がないから、本件処分の取消を求める本訴請求は失当として排斥すべく、これと同旨の原判決は正当で本件控訴は理由がない。よつて民訴法三八四条九五条八九条を適用して主文のとおり判決する。

(柏木賢吉 夏目仲次 管本宣太郎)

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